創業

国産化を実現した技術開発

九州にまだ電気もガスもない明治16(1883)年、電気・機械工学を学んだ斎藤一が福岡市で当社の前身である「斎藤製作所」を創業しました。当初は、発電機や電話機、これらに必要な部品、そしてメス、鋏、注射器などの医療器具を製作していましたが、病院関係者との出会いによって医療器械の修理から開発や製造も手がけるようになります。

その後、蒸気ボイラーや給水・湯沸設置の工事受注をきっかけに、当時は輸入品に限られていた暖房装置の国産化に挑み始めました。「外国製品なら何でも良質で優秀」という意識の時代に、ボイラーやラジエーターを国産化するには極めて高い技術が求められましたが、技術探究の情熱によって開発に取り組んだ結果、その優位性が認められ、ついには輸入品を駆逐するまでになりました。

 
 

ボイラーやラジエーターの販売が軌道に乗ると東京に本社工場を開設し、国内のみならず韓国や中国の病院にも暖房装置を納めるようになりましたが、大正12(1923)年の関東大震災で東京本社工場が被災したため、福岡分工場を本社工場とし、当時福岡分工場を任されていた飯田久次郎が第二代社長に就任します。

大震災は広範な復興工事をもたらし、急増したボイラーやラジエーターの需要には大量生産方式で対応することにより、「ボイラーの昭和鉄工」を確立しました。

 

昭和8(1933)年、合資会社から「株式会社斎藤製作所」に改めて今日の株式会社形態とし、翌年の昭和9(1934)年に新時代の年号をとって「昭和鉄工株式会社」へと社名を変更しました。

 
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